子ども手当て ― 「本当に必要としている人」などいない

子ども手当に所得制限「賛成」72%…読売調査
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20091219-OYT1T01242.htm


 読売新聞社の緊急全国世論調査で2010年度予算編成について聞いたところ、ガソリン税などの暫定税率維持に賛成する人は52%で、反対の33%を上回った。


 中学生まで支給する「子ども手当」に所得制限を設けることには「賛成」が72%に達し、「反対」は22%にとどまった。


 民主党衆院選政権公約マニフェスト)で、暫定税率廃止を明記し、「子ども手当」は所得制限をしない前提で示していた。国民の多くは、景気低迷や国の厳しい財政状況を理解し、こうした目玉政策の修正も容認する現実的な判断を示したと見られる。


 暫定税率の維持については、「賛成」と答えた人が男女、各年代とも5割前後となり、すべてで多数を占めた。民主支持層に限ってみても賛成55%が反対33%より多く、政権公約の修正を認める人が多数だった。


 「子ども手当」への所得制限については、子育て世代に当たる30歳代で賛成が75%、40歳代でも72%に上った。民主支持層でも賛成79%が反対16%を大きく上回っている。「子ども手当」に対しては「バラマキ政策だ」という批判もあり、実施に際しては何らかの歯止めが必要だとの認識が大勢と言えそうだ。


(2009年12月20日09時27分 読売新聞


 個人的には、最近流行の「ベーシック・インカム」論にはあまり賛成ではないが、子ども手当てについては、増税政策を前提として、所得制限なしで一律分配でやるべきだと思っている。

 民主党の迷走の背景には、増税などの財源問題を先送りしてしまったということに加えて、「本当に必要としている人だけに分配すべきではないか」という世論の根強い批判があると考えられる。育児に真剣ではない怠惰な親にも子ども手当が支給されるのは我慢がならない、というわけである。しかし、そう批判している人たちは、「本当に必要としている人だけに分配」しようとすることに伴う困難や問題点を、まったく理解していないように思われる。

 生活保護制度に象徴されるように、「本当に必要としている人だけに分配」しようとすると、様々な行政の不透明で場当たり的な判断が介入せざるを得なくなる。その結果として、行政事務そのものが煩雑になるだけではなく、生活保護を受給している人に対して、「不正受給ではないか」という疑心暗鬼を生み、制度そのものへの信頼感を著しく損ねているというのが*1、今の日本の社会保障制度の現状と言えるだろう。

 さらに悪いことは、財源不足と制度への信頼感の低下が、「本当に必要としている人」の水準を日に日に押し下げ続けていることである。民主党政権になっても、以下のような負のスパイラルは相変わらず加速し続けている。

(1)「本当に必要としている人だけ」に分配しようとする
  ↓
(2)政府の分配の公正さに対する不信感が高まる
  ↓
(3)分配のための負担増(増税)の合意が難しくなる
  ↓
(4)「本当に必要としている人」の基準がますます厳しくなる

 このように、以上のような負のスパイラルの出発点には、政府の分配は「本当に必要としている人」だけ届くべきだ、という心情・倫理がある。しかし、はっきり言わなければならないが、世論の想定しているような「本当に必要としている人」は、世の中にただの一人もいない。そんな聖人君子のような社会的弱者がいるわけがない。だから逆に言えば、政府の分配を「本当に必要としている人」は、まさに国民全員だと考えなければならないのである。

 民主党の大風呂敷の分配政策に対して、「財源はどこにあるんだ」などと批判する人が多い。そうであれば、「国民全体で負担を分かち合うべきだ」と増税に積極的に応じ、それを国民に粘り強く訴えていくのが、とくにテレビで発言する「権力」を持っている「高額所得者」の責務であるはずだろう。

 ところがそうではなく、マスメディアで発言力を持っている人の多くは、「財源はどこに」という舌の根の乾かぬうちに、「税金を上げる前にやることがあるのでは」などと言い続けている。結果として政治家や官僚は、今の民主党政権がまさにそうなっているように、「じゃあ分配自体をやめれば文句ないんでしょう」という(実際文句はなくなる)、投げやりな態度にどんどん傾いている。そうして、政府の分配に頼らないと生活が一日でも成り立たないような社会的な弱者の居場所は、ますます小さくなっていくことになる。

 前にも書いたように、今は日本国民の世論は「不幸の横並び」に自ら落ち込んでいくようなものばかりになっている。積極的な分配政策を通じて経済成長につなげていこうという真っ当な考え方から、ことごとく世論が逆を向いている*2。絶望するにはまだ早いと信じたい。

*1:例えばその結果として、こういう週刊誌的な官僚陰謀論がはびこるようになる。http://blog.livedoor.jp/kazu_fujisawa/archives/51629762.html

*2:では「経済成長」を声高に主張するエコノミストが真っ当なのかといえば、断じてそうではない。彼らも、「豊かで子供の多い家庭が多くの支給を受け、貧しくて子供のいない家庭が負担するという制度」などという理屈で子ども手当て政策を批判しているように(http://sankei.jp.msn.com/life/welfare/090807/wlf0908070305000-n1.htm)、結局のところ「不幸の横並び」を煽るような類の人がほとんどである(個人的な印象では例外がないと言ってもよいくらい)。言うまでもないが、子ども手当ては育児・教育に対する負担の軽減のための制度であって、貧困救済の制度ではない。