お詫びと言い訳

 禁欲すると宣言しておくながら全然出来なかったことをお詫びします。いろいろと誤解を招く言い方が多かったようなので、ほとんど繰り返しなのですが、批判的なコメントをいただいた(ごくごく少数の)人に対して、言い訳というか私の意図をもう一度最後にまとめておきます。

 まず、私が何度もくどいほど言っているのは、増税反増税を政治的な対立軸とする限り、どちらに与しても緊縮財政路線を後押しすることにしかならない、ということです。「増税」を掲げるのはもちろんこと、「増税反対」を掲げても「まずバラマキ政策をやめて政治家と官僚が身を削るべき」という圧倒的な声に回収されてしまうわけで、野田政権と自民党の緊縮増税路線を批判したいなら、「反増税」ではなく真正面から「反緊縮」を掲げるべきと言っているわけです。その意味で、私に批判的にせよコメントを付けていただいた人が、その後も相変わらず「増税反対」ばかりを言っているのには正直脱力してしまいます。

 私は野田政権の増税策に反対すべきではない、などとは全く思っていません。あくまで需要と雇用の創出という「反緊縮」を前面に掲げて、その文脈で語られる増税反対論(まさにクルーグマンのような)には賛同しています。赤字国債で財源を作るという主張であれば、それを真正面からタイトルに掲げてくれればいいのです。私が批判しているのは、あくまで増税批判が自己目的化し、文章の中から需要や雇用といった文字が消滅してしまっているような議論です。ちなみに、増税財源で福祉関連の分野を中心に政府が雇用をつくる、といった政策は経済や景気の問題とは別に普通にあるべきだと思います*1

 次に今回の5%の消費税増税が、他の需要喚起策を全て無に帰するほどの壊滅的な影響を及ぼすという前提での議論が目立つのですが、これは即刻やめるべきだと思います。98年以降の不況を見ても、公共事業や公的雇用の削減、金融引き締め政策、社会保障支出の抑制、規制緩和政策の断行、社会保険料の負担増などなど、デフレ不況を引き起こした可能性のある緊縮政策がたくさんあるなかで、消費税増税だけが突出した原因であるというのは、いくら読んでも説得されません。また消費税の景気に対する影響は専門家の間でも見解がばらばらで*2、傍から見ると不毛な神学論争を招くものでしかありません。この問題はとりあえず脇に置き、一つの原因のみを過大評価することなく、需要と雇用の創出に悪影響を及ぼす可能性のある全ての緊縮的な政策に対して批判的に接する、という態度があるべきだと思います。

 私がもし「増税容認派」に見えるとしたら*3増税が回避されたときに「事業仕分け」の徹底化などの歳出削減圧力が一層激化する(ほぼ確実の)可能性を真剣に心配しているからです。財務省増税策だけではなく「事業仕分け」も主導しているわけですが、当然増税策が回避されれば「事業仕分け」に全力を尽くすようになるでしょう*4。特に歳出削減は、必ず緊急性が低く声の弱いところ(つまり若い世代の低所得者)にしわ寄せが行きますし、2000年代の社会保障抑制で最も「痛み」を蒙ったのがシングルマザーや障害者(とその家族)であったことは記憶に新しいところです。

 消費税は質の高い再分配を可能にする税制というのは自分の持論で、これは「消費税は再分配に不適格な税制」という議論が散見されたことへの異論でしたが、当然ながら現行の文脈では野田政権の緊縮増税策への賛成と読まれてしまうので(まあ読まれてしまっても別によいのですが)、今するべき議論ではなかったかなと少し反省してします。ただ今から消費税増税を撤回させるより、逆進性を根拠に再分配強化を訴えるほうが、単純な垂直的再分配よりも人々が納得しやすく、将来へのさらなる再分配の機能強化につながると考えているのは確かです。

 最後に、需要と雇用の創出に関心を持つ相対的に少数の人々の間で、金融・公債・税などの手段の次元での不毛で感情的な論争が多すぎると思います。「デフレ脱却」は誰もが唱える合言葉にこそなりましたが*5、それに対応した政策はほとんどなく、テレビを見ていると未だに緊縮財政再建策と「成長産業」(あるいは「グローバルな競争に打ち勝つ人材」の)育成策の組み合わせで経済を立て直す、という「構造改革」的な意見が依然として跋扈しています。金融緩和によるインフレの誘導、赤字国債による財政出動、税を通じた社会保障の機能強化を唱える人々が、それぞれの手段へのこだわりを持ちつつも、「反緊縮」で連携していく姿を切に望みます。

*1:小野善康氏の間違いは、これがデフレ脱却と経済成長のエンジンになる、と言い切ってしまったことにある。税を通じた社会保障の機能強化こそがデフレ脱却を可能にするという社会保障論者によくある主張も、意図や問題意識は全面的に共感するが、社会保障とマクロな経済の関係はもっと慎重に議論されるべき、というのが個人的な考えである。

*2:理由は良く分らないが、日本の経済学会の中心にいる人ほど影響を小さく見積もる傾向がある(消費増税はあくまで一里塚 吉川洋・東大教授に聞く 消費税率引き上げが日本経済に及ぼす影響/伊藤元重(東京大学大学院経済学研究科教授)。吉川氏や伊藤氏の方が正しいとは思わないが、こういう経済学の教科書も書いている権威のある(時の政権政党が否応なく尊重せざるを得ない)人に対してなすべき批判が、「増税で日本経済壊滅」という批判ではないことは確かである。

*3:見たい人は別にそう見ても構わないが、単に軽蔑するだけ。

*4:前者では財務省を厳しく批判する人が、後者に関しては割と寛容なのがよくわからないが。

*5:これについて、菅前首相の功績は公平に評価されるべきだと考える。「・・・私もこの間、ここでの議論やIMFなどのいろいろなレポートも読んでおりますけれども、やはり何としてもデフレの脱却なくしては、逆に財政の再建も非常に困難度が増す。全部が卵と鶏というか因果関係がありますけれども、同時並行的にぜひとも日銀にもデフレ脱却の努力を一層していただきたい、こう期待いたしております。」(平成22年02月22日衆議院予算委員会