現状は難しい

 税金を上げると景気が悪くなる、という論理がさっぱりわからない。増税を支持する人も批判する人も、増税というと「財政再建優先主義」だという誤解がある(少なくともそういう勢力を元気付けてしまう点で筋悪だという理解がある)が、何のために税があるのかという根本的なところで間違えているように思う。

 たとえば、「ワーキングプア」や生活保護受給者にアパートを貸している民間業者が「貧困ビジネス」として批判の対象になっている。彼らの生活は、家賃や光熱費を支払うだけでギリギリであり、娯楽や投資の余裕などあるわけがなく、結果として経済全体を冷え込ませてしまう。これは貧困者への受託支援を民間企業に委ねれば、どんなに良心的な経営者であろうと、多少なりともこうなるのは避けられない。

 この問題を解消するためには、貧困者が自分でお金を出してアパートを借りるのではなく、公的な住宅扶助を通じて住処を確保できるようにしなければならない。そうして、自分で稼いだ分については、可能な限り消費や娯楽に回るような仕組みを作れば、経済の活性化にもつながっていく。

 増税すると消費が冷え込むと言うのだが、今の日本で消費が冷え込んでいる根本的な原因は、第一にデフレ経済であるということと、第二に子どもが高校大学に進学したり、老親が寝たきりになったりなど、「いざというときにお金がかかる」ためである。「いざとなってもお金はかからない」社会になれば、日々の買い物の値段は若干上がっても、普段の消費の活性化を期待することができる。専門家ではなくても、小学生に説明しても理解できるはずだ。

 しかし問題は、これは政治家が医療・年金から教育・雇用までの社会保障の全体像を首尾一貫した形で提示することが決定的に重要なのだが、そうした政治家や政治勢力がほとんどおらず、いても非常に声が弱いことである。増税論者のほとんどは、「このままではギリシアみたいになる」と口を揃えているように、目の前の財政赤字をどうするかという話にしか興味がない。

 それに最大の難問は、では社会保障の全体像が提示されたとして、それが国民に積極的に支持されるのかというと、その可能性もかなり弱いということである。「公務員を減らした分を福祉に回せ」というのが、矛盾だとすら思っていない人が大半なのが現状だから・・・。

民主党「国家財政を考える会」の議論に反対する
http://blog.guts-kaneko.com/2010/05/post_517.php


 5月26日に、民主党内で、財政規律を重視する有志国会議員の勉強会「国家財政を考える会」が設立されました。伊藤元重東大教授が講演をされたそうです。党内で経済政策に関して自由に議論すること自体は歓迎すべきことだと考えています。

 しかし、以前、私がツイッターでも述べましたように、この時期での消費税率引き上げをはじめとする増税論議には反対です。以下、簡単に理由を述べます。

 1.そもそも「増税」をすれば「税収引き上げ」になるという発想自体、この不況下では根拠が薄いこと。

 2.現在のように、円高で輸出が伸び悩んでいるところで、政府支出を切り詰めれば、さらに円高が進むこと。

 3.長期的にみて、日本政府は少しでも景気が回復すれば財政を引き締めをするという予想をそれぞれの経済主体に植え付けてしまい、その結果、今以上に構造的に景気回復しにくい体質にわが国経済がなってしまうこと。

政治評論家のもっとも嫌いなコメント

 テレビに出てくる「政治評論家」のもっとも嫌いなコメントのひとつに、「政局や選挙対策のことしか考えず国民のほうを向いていない」といものがある。誰とは言わないが、こういう人に限って、色々な政治家と器用に付き合い、政局や選挙戦術、利権構造といった「政界裏話」を面白がって話す傾向がある。私は政界裏話を面白がる趣味は全くないこともあり、こういう人は政局のことにしか関心のない「政界ゴロ」としか思えないのだが、テレビで大きな顔をして「政局ではなく国民目線で」などと、いけしゃあしゃあといっている姿には本当に反吐が出る。

日本人の良心

 各政党の主張を見ると、共産党以外のほぼ全政党が公務員削減を公約に掲げており、日本が先進国の中で極端に公務員の少ない国家になることはほぼ確実である。かといって、民間企業やNPO・ボランティアの福祉活動が、それに応じて活発化しているとは言えないし、そういう主張が社会的に高まっているわけでもない。既に本格的な高齢化社会が始まっており、政府やNPOの役割が高まりこそすれ減ることなどありえないことを考えると、非常に奇妙なこととしか言いようがない。

 この背景には、人に迷惑はかけるのはみっともない、自分で、家族でなんとか頑張るので大丈夫という、平均的な日本人の「良心」とでも言うべきものがあるように思う。介護をめぐる自殺・心中の事件が起こると、親戚や近所の住民が「そこまでとは知らなかった」「ひとこと言ってくれれば」と無念そうに語るという報道をしばしば目にする。しかし、「介護で大変で死にそう、助けてほしい」とはっきり言うことは、おそらく日本社会ではきわめて「失礼」なことであり、「あの人とかかわると面倒が多い」と、その人の立場を非常に悪くするものなのである。まさに「おしん」のように、愚痴も文句も言わず我慢に我慢を重ねた上で、周りがそれを見かねて手助けをするというシチュエーションでなければいけないわけである。

 親族や地域のつながりが密な時代であれば、実際に見かねて手助けするお節介なおじさん・おばさんがいたのだろうが、今は本当に何の手助けもなく殺人や自殺に至ってしまうという例が跡を絶たない。普通の日本人は、そういう悲惨な事件に接すれば素直に涙するであろうが、かといって税やボランティア・寄付を通じて、社会全体でそれを支えようという意識へと向かうかというと、必ずしもそうはならず、やはり「人様に迷惑はかけられない」となってしまう。そういう、人々の中にある良心が社会保障の充実を妨げているとしたら、こんなに悲しいことはない。

介護・看病疲れによる自殺、過去最多、6割が60歳以上――警察庁
http://www.caremanagement.jp/news+article.storyid+7353.htm

警察庁は、5月13日、「2009年中における自殺の概要」を発表した。それによると、同年中の自殺者の総数は前年比1.8%増の3万2,845人。このうち、「介護・看病疲れ」が原因の自殺者は同4.4%増の285人で、2006年から統計を取り始めて以来最高を記録した。

自殺の原因は、「健康問題」が約48%で最も多く、「経済・生活問題」約26%、「家庭問題」約13%と続く。「家庭問題」の原因は、「夫婦関係の不和」「家族の将来悲観」「親子関係の不和」などが多くを占め、「介護・看病疲れ」による自殺者は約7%だった。

「介護・看病疲れ」の自殺者のうち約7割が無職者で、全自殺者に占める無職者の割合に比べると約13ポイント高いことがわかった。内訳は、年金や雇用保険生活者が約44%、主婦が約16%、失業者が5%、その他の無職者が約35%だった。

男女別に見ると、男性は約62%で、全自殺者と比べて約10ポイント低かった。年齢別では、60代が約32%と最も多く、50代約20%、70代約19%、40代約15%、80代約10%、30代約4%となっていて、60歳以上が全体の6割を占めていた。