事業仕分けデフレスパイラル

 「事業仕分け」は来年以降も継続するらしいが*1、そこで心配するのは以下のような悪循環に陥ってしまうことである。


(1)緊急性を要する分野(介護・年金など)の財源を確保するために、緊急性のない財源(教育・学術研究など)が「無駄が多い」として削減される。


→(2)前回に削減された分野の問題が深刻化し、それを解決するために、さらに緊急性のないと思われる分野の財源を「無駄が多い」として削減していく。


→(3)このサイクルが延々と続き、結局ほぼすべての分野が深刻な財源不足になり、行政に頼らないでも生活できる、一部の富裕層以外の国民の生活は当然崩壊する。 


 これは事業仕分けで始まったというよりも、2000年代以降に、全体としてこういう「デフレスパイラル」が緩やかに続いてきたような気がする。

 なぜだか、「無駄の削減」が(事業仕分けを批判する人を含め)自分は関係ないと思いこんでいる人が多い気がするのだが、そんなことは絶対にない。緊急性のある医療や介護の分野にしても、全体が削減されている環境のなかでは、本来なら大幅な予算増を必要としているにも関わらず、当事者が「現状維持でもよしとしよう」と諦めてしまうことになることは、普通に考えればわかるはずである。

 だから事業仕分けというのは、行政の支援を必要しているような社会的な弱者に、これ以上行政に対する文句や要求を言わせないようにする、という危険性をはらんでいる。もし事業仕分けと歳出削減の結果として、行政に対する不満の声が小さくなったとしても、それは「これ以上行政に期待すると『わがまま』と思われるからやめとこう」という、きわめてネガティヴな自己規制でしかなく、健全な信頼感に由来するものでは決してない。実際、ほんの4,5年ほど前までは盛んだった病院と医師に対する批判がすっかり影を潜めたのは、「医療崩壊」などの報道で勤務医の劣悪な労働環境が認知されたことによるものであって、患者との間に信頼感が構築されたからでは断じてない。

 いずれにしても、「少ない財源の中で我慢しなければ(我慢してないやつはけしからん)」などと、ますます国民世論が思い込むようなったら危険なことである。行政をうまく活用して豊かな社会を再建しようという、そういう前向きで健全な議論があまりに少ない一方で、行政になるべく頼らないでみんなで苦労すべきであるかのような(あるいはそれこそが日本経済を立ち直らせるんだと言わんばかりの)、後ろ向きの世論が蔓延しているように思われるのが気がかりである。


 ちなみに以下の記事は、面白いことは面白いが注意が必要である。

家計が破たんしそうです。助けてください! ― YOMIURI ONLINE 発言小町


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 バブルで覚えた生活はなかなか変えられず、収入は減っているのに支出は増える一方。
 いまや年収は400万を切るまで落ち込んでいるのに、支出は900万を超えるぐらい、のこりの500万は借金でまかなっています。借金総額も6000万を超えるくらいまで膨れました。


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 もちろん支出を減らそうとしらみを断ち切ろうとはしているみたいなんですが…私の仕事に必要なパソコンは無駄だ、一番の成績を目指す努力をするだけ無駄だ、へそくりがどっかにあるはずだ!なんて頓珍漢な事を言い始める始末。どうやら誰かに吹き込まれたのをそのまま言っているだけみたいなんです。


http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2009/1128/278761.htm

 国家の財政を家計に例えるのは、わかりやすさのためにこの誘惑に負ける人がしばしばいるが、これは慎重にすべきというよりも、徹底して避けなければならないと考えている*2。それは財政問題に対する、「支出を減らせばいいじゃないか」「収入に見合った生活をすりゃいいじゃないか」という、根本的な誤解を招きかねない。実際この記事は、支出を減らして生活水準を下げれば問題は解決するかのように読めてしまう。

 しかし、医療保険も年金も整備されていない、1950年代以前の日本に戻ってもかまわないなどと、本気で思っている人はまさかいないだろう。家計から財政問題を想像してしまうという、そういう素朴な誤解があまりに横行していることが、「無駄の削減」がすべての政策に優先してしまう結果になっているように思われる。

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・・・・と書いたのですが、「家計で国家財政を語るな!」というのは、すでにマクロ経済を理解している人によって指摘されてましたね。

http://b.hatena.ne.jp/entry/komachi.yomiuri.co.jp/t/2009/1128/278761.htm

とはいえ、家計のアナロジーによる財政論の根強さというものを、あらためて思い知らされました。

特に、たとえ話が理解できてなかった最初のコメント「一度、路頭に放り出されればいいのです。入ってくるお金が減っても、生活を変えなかったことは、世間一般では、自業自得、と言います」って、官僚や政治家が批判されるときの物言いとほとんど同じ・・・。