猪瀬直樹氏の介護事業論

介護業界でも月額40万円の給料は払える 介護の世界に未来を確信している辻川泰史さんの事例 ― 猪瀬直樹の「眼からウロコ」



 社会福祉法人の場合は、一定の地域に置かれる法人数が決められているので、顧客の獲得が比較的容易である。また、他の介護施設福祉施設と併設されていることも多く、顧客を呼び込みやすい流れができている。民間企業は、みずから宣伝していかないと、顧客が獲得できない。


 社会福祉法人には、売り上げ概念やコスト意識がない。こういうサービスを、いかにわかりやすく販売していくか、という視点が足りなかった。説明しないということは、「カイゼン」がなくなる。社会福祉法人で働いている人は、福祉の理念にすごく真面目で熱心な人が多いけれども、一方で、自分の仕事を顧客の目線で見つめる契機がなかった。

 民間企業は利益拡大の意欲があるから、コスト意識も強い。社会福祉法人よりもコスト削減が進んで、職員の給与に還元することができる。


 (中略)


 介護業界は、これからお客さんがどんどん増える市場である。あと15年経つと、団塊世代が75歳になる。きちんとビジネスモデルがあれば、高い給与が払えて、雇用も増やすことができる将来性の高い業界だ。

 最近、新卒の就職事情がますます厳しくなっている。給付金を配るよりも、雇用を創出するために介護ビジネスを応援するほうが、政策として健全である。介護の世界を、若い人たちが希望を持って、たくさん集まってくるような労働市場にしなければいけない。


http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20091130/198111/?P=1


 たまたま見つけて吐き気がした。これは自分がもっとも嫌うタイプの記事である。一見非政治的な記事にも見えるから性質が悪いのだが、彼が東京副知事で政治系の報道番組でも発言力のある、ほとんど政治家に近い立場の人物であることを忘れてはいけない。

 いうまでもないが、猪瀬氏の記事は、一つの介護事業者が成功するにはどうするかという話ではあっても、国の政策としての介護事業がどう成功するのかという話では全くない。猪瀬氏は分かっていないのか意図的なのかは知らないが、完全に混同してこの記事を書いている。

 そもそも猪瀬氏は介護事業がどういう性質のものかという、原則的なことを全く考えようとしていない。普通の客商売であれば、原理上は無限に顧客を増やせる、というか無限に顧客を増やすための努力が可能である。隣同士のラーメン店が味とサービスを競い合った結果、両方の店とも客が増えて万々歳ということは、確かに十分に有り得ることである。

 しかし、介護事業では顧客の数は最初からある程度決まっている。まさか寝たきりの高齢者の数を増やすわけにもいかない。そういう事業の中で特別に「成功」している人がいるとしたら、それは必ずパイの奪い合いによって没落している介護事業者が生まれてなければいけない。もし生まれていないとしても、今は人口学的に寝たきりの高齢者が右肩上がりに増えていて、そういう問題がまだ見えていないというだけの話である。

 「一部の立派な志を持って成功した人」を出すことによって、介護事業全体が抱える問題点から目をそむける。絶対的な国からの予算そのものが少ないことが根本的な問題なのにもかかわらず、個々人の創意工夫と努力でいくらでも成功可能であるかのような幻想を振りまき続ける。一部の成功例を取り上げて、全体の問題から目をそらせようとする論法は、この数年の貧困問題で散々批判されてきたはずである。東京都副都知事でマスメディアでの発言力の大きい猪瀬氏のような人が、こういう無神経な議論を繰り返していることは非常に問題だし、正直憤りを感じる。

 またそれ以前に、一人のジャーナリストの記事として見ても、ある成功者の成功体験を取り上げて、それを基準にして現実のあり方を批判するというのは、安易といえばこれ以上安易な記事はないだろう。しかも記事の対象になっている人物も、別に猪瀬氏が発掘してきたわけではない。