感謝ソングが流行する背景

 もともと歌そのものをあまり聴かないほうだが、最近「ありがとう」の歌が流行していることは、さすがにわかる。多くの人は自然に聴いているかもしれないが、戦後流行歌謡史を振り返ってみても、明らかにこれは前代未聞の異常な現象である。家族や友人への感謝の気持ちを歌にしてそれがヒットするなどというのは、10数年前までは明らかに「有り得ない」ことだった。

 こういう「感謝ソング」のなかには、もちろんいいと思える歌もある。しかし気になるのは、感謝ソングが流行する背景には、身近な人間関係が失われることへの、不安や恐れがあるように思われることである。言ってみれば、「自分のような人間と付き合ってくれているだけでありがたいことと思わなければ」という意識が、感謝ソングの流行の背景にあるのではないだろうか。これは、人間関係において「空気」や「場」に合わせて可能な限り衝突を避けるという、最近の傾向とも一致している*1

 そして、今の感謝ソングには家族や友人といったごく身近な人間関係以外の風景が、ほとんどでてこない。閉鎖的で内向きであるという以前に、友達もいないし家族ともうまくいっていないという、決して少数とは言えないであろう人たちにとって、感謝ソングはどう映っているだろうか。