税は信頼の問題

 増税を通じた再分配が可能になるかどうかは、行政がそれなりに公正に分配してくれるかどうか、そして分配された金銭や財が見知らぬ人の手に渡って、それがどのように使われようが気にしないという、「信頼」の問題が全てである。ちなみに、ここでいう「信頼」というのは、「あなたに任せれば安心だ」という強い意味では決してなく、全体として極端な不正や不都合がなければ別に細かいことは気にしない(あるいはしてもしょうがない)くらいの弱い意味である。具体的に言うと、「税金の無駄遣い」の問題は問題として、それで行政全体が途方もなく腐敗しているかのよう不信感へと短絡しないことであり、一部の生活保護の不正受給者の問題を取り上げて、生活保護制度そのものに反感を覚えたりしないことである。

 増税しても官僚や族議員の懐に入るだけとか、生活保護受給者などに対する負のスティグマとか、「派遣村」へのバッシングとか、さらには「仕事の割に高すぎる」議員や公務員の給料や人員を減らせとか、いずれにしても行政や見知らぬ他者への「信頼」の低下の問題である。これは、行政や見知らぬ他者から具体的な損害を被ったという経験や記憶に基づくものと考えるべきではない。例えば、人々の家族に対する信頼感は比較的高いが、客観的に見て殺人や暴力は家族内で起こっていることが圧倒的に多い。

 繰り返しになるが、こうした行政や他者への「信頼」の低下が、年金生活に入っているような年長世代のなかで急激に進行していて、それが結果的に「小さな政府」への志向性に繋がっているような気がする。この「信頼」が崩壊している要因として、前に官僚への期待値とか政治的疎外感とか、いろいろと適当な仮説を並べ立てたが(読み返して思ったが説得力がいま一つ)、実際のところは自分でもこの年長世代の不信感の根源について、自分でもまだよく理解できないところが多い。

 逆に言うと、行政や他者への「信頼」さえあれば、増税による再分配は今すぐにでも可能であり、消費税でも分配が対応していれば特に問題があるとは思えない*1。ただし、現在ある増税の世論というのは、「財政危機を理解していない国民を馬鹿にしたバラマキ政策はけしからん」というものが大部分で、ここで言う「信頼」とは程遠い。それは、「まず官僚や議員が血を流せ」的な主張と地続きのものである。

 一部に、こうした不信感の根源は長期のデフレ不況であり、それは経済成長である程度解決可能である、という意見もある。それ自体はかなり共感できるところもあるが、気になるのは、その最前線に立っている政党や政治家に限って、官僚陰謀論や既得権批判のような、国民の不信感を煽って支持を獲得する政治手法を全面的に動員していることである*2。だから、デフレを克服して4%水準の経済成長が進んだとしても、かえって国民の間の不満やルサンチマンが激化し、とくにリーマン・ショックのような一時的な不況に陥った時に容易に爆発してしまうのではないか、という危惧を抱かざるを得ない。

 「増税の前にやることがある」と言っているように、将来における増税を否定はしないのかもしれないが、しかし行政に対する不信感を悪化させたままでの増税など、仮に5%以上の経済成長が3年続いたとしても政治的には絶対に不可能だと思う。ではどうやってその不信感を解消するのか、と問われれば答えに窮してしまうのではあるが・・・。

(追記)

 「難しく考えすぎず経済成長」という批判をよく頂戴するが、こういう人は逆に税について難しく考えすぎだという印象がある。負担感の増えない形での消費税増税など、所詮はテクニックの問題なのだから、いくらでもやり方があると思うのだが。

 それに素人的には、金融政策によって貧困層にまで脱デフレ政策の恩恵がいきわたるのはどれくらいの期間なんだろうか、という疑問がある。増税という選択肢を好むのは、それが政治的に可能であれば*3貧困層への再分配が今すぐにでもできるからである*4

 (さらに追記)

 首相が経済音痴だというんだけども、なんでそんなことが問題なのか、ちっともよくわからない。政策のテクニックに関する問題については、いくらでも意見が変わりうるし、首相のこの1年の発言を振り返ってもコロコロ変わっている。首相を批判したい人は、むしろ「第三の道」「最小不幸社会」などの標語を批判すべきであって、金融政策への無知を懸命に批判するなど、およそ狂っているとしか思えない(というか、付き合いきれない)。

*1:何度も言っていることだが、自分のような経済の素人から見ると、消費税増税で景気が悪化するというのは、それ自体はそうかもしれないとしても、だったら景気が悪化しないような手段(素人考えだが、たとえば定額給付金増税のショックを和らげることなど)を同時に講じればいいだけの話のように思える。

*2:増税の前に金融政策を」という主張も一概に反対はしないが、「みんなの党」にも象徴されるように、印象ではこういう主張を繰り出す人たちの中に、程度の差はあれ政治や行政に対する不信感を抱えている人が多いような気がする(「ベーシック・インカム」論も同様)。

*3:もちろん「政治的」が一番難関なのだが、これは脱デフレ政策も同じ。

*4:言うまでもなく、増税の前に余裕のある層が今あるものを無条件で分配すべきであるとは考える。