使えるものは使えばいいというだけの話

 ときどき、「消費税増税はショックで自殺者を出す」みたいな意見を見るのだが、それは金融政策も同じではないだろうか。仕事の激増に対して賃金上げや人員増が追いつかず、少なくとも短期的には過労死・過労自殺を増やす可能性が高いし*1、少ない年金と預金で暮らしている(まさにデフレだからなんとかもっている)独居老人などは、生活が成り立たなくなって自殺するしかなくなるだろう。金融政策で景気を回復したとして、このような「生きる場所がなくなった」と絶望感を深めた(人口規模は大きい)高齢世代が、政治をとんでもない方向に導く可能性がある。

 経済学系の人が金融政策をトッププライオリティに置くのは仕方ない(というか当然である)が、それが成功するかどうかは適切な再分配政策・社会政策が行われるか否かにかかっている、ということは常々強調しておくべきだと思う。公務員や高齢世代の「既得権」を批判する文脈で金融政策が支持・推進されている向きもあるが、それは大変危険なことだと考える。

 個人的なトッププライオリティは、取りあえずこれ以上自殺者を出さないために、今あるものをすぐにでも分配すべきであって、その手段として消費税が効率的で財源的に安定的であるなら、別にそれでもいいという考えである*2。消費税というと条件反射のように批判する人は、「国民に負担を求める前に無駄撲滅」にせよ「景気が悪化する」にせよ「逆進的」にせよ、少し難しく考えすぎだと思う。いまある過労・貧困・社会的排除をなくすために、金融でも税制でも使えるものは使えばいいというだけの話である。

(追記)

 消費税の話をすると政治不信の分厚い壁にぶつかる。分配して負担を拡散させるための増税だと言っても、「でも今の与党と政府はねえ・・・」という話になってしまう。むしろ、「増税しないと財政破綻する」と「脅し」をきかせたほうが、まだ話が通じやすいという状況にある。だから「増税社会保障の充実を」という人が、しばしば世論を説得するために「財政危機」のロジックを濫用してしまうことになる。そうして消費税増税を批判する側に、「それ見たことか、あれが本音なんだ、増税論者は財務省に騙されているだけだ」という物言いを許す結果になっている。

自分もかつて増税に批判的だったから理解できなくもないが、そういう政治不信が自分たちの手足を縛っていることに、やはりそろそろ気づかなければならない。褒められた政府じゃないからといって、あれこれ難癖をつけて政府の持つ潜在能力を縛って損をするのは、結局のところ市場だけでは十分に所得を得られていない貧困者である。増税に応じる代わりに再分配で国民全体の負担を減らしていくという、こういう近代国家にとってごく基本的なことが不可能なったと思い込まなければいけないほど、政府の能力に絶望しなければいけないのだろうか。少なくとも今の日本は、そう思い込まなければいけないほど政府が腐敗しているわけではない*3

*1:この大不況下でも起こっているわけなので。

*2:逆進性については分配面で対応すれば景気に悪影響は与えない、という小学生にでもわかるシンプルな論理を説得的に批判している議論を知らない。

*3:むしろ「官僚主導」の歴史を考えれば小規模の腐敗で留まっているように思う。ちなみに「腐敗認識指数」というものでは、180カ国中17位と先進国では中程度。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%85%90%E6%95%97%E8%AA%8D%E8%AD%98%E6%8C%87%E6%95%B0