反インフレ的な日本の左派勢力

「不況は人災です!」
11年2月1日 全労協けんり春闘学習集会講演パワーポイント資料 松尾匡のページ
 

http://matsuo-tadasu.ptu.jp/ZenroukyouKouen11.ppt

 この、松尾匡氏のパワーポイントの説明は、自分のような素人にもすごくわかりやすかった。正直、何度も読み返してしまったくらいである。ただその上で、自称「左翼」の松尾氏は、前々から日本の左派勢力が金利の引き上げなど、結果的に資産家を優遇するような主張をしていることを激しく批判しているのだが、それ自体は全くその通りと思う反面、左派がそうした主張を行う政治的文脈というのも無視できないものがあると考える。

 ちゃんと勉強しているわけではないので半分推測による議論だが、ヨーロッパの左派が金融政策によるインフレ誘導に親和的であるとしたら、それは福祉の基本が「雇用」であるという理解が大前提になっているからだと考えられる。ヨーロッパの左派の関心事は、まずは失業問題の解消による社会の統合と安定であり、またヨーロッパは階級社会でもあるので、インフレによって特権階層の資産を目減りさせることは、経済的平等を目指す左派にとって政治的に有効な戦略であると理解できる。

 しかしそれに対して、共産党社民党などの日本の左派にとっての福祉というのは、まず障害者や高齢者など、働く能力を失っている人たちへの分配にある。インフレで真っ先に恩恵を被るのが、あくまで労働市場や投資市場への参加の意欲や能力を持っている人たちであるとすれば、そうした意欲や能力を奪われている人たちを代弁しようとする日本の左派が、インフレ誘導に否定的になるのは自然であると考えられる。少ない貯金と年金で暮らしている超高齢夫婦などは、デフレだからこそなんとか生活が成り立っているのであり、インフレで景気がよくなっても、その恩恵にあずかる確率よりも、生活が行き詰まる確率のほうがはるかに高い。

 つまり、ヨーロッパの左派にとっての福祉が雇用と密接に結びついているのに対して、日本の左派勢力における福祉は、第一義的には労働市場に参加できないような人たちを対象にしているので、勢いインフレには否定的になるわけである。これは単に左派が経済を知らないという問題ではなく、現役労働者は「企業福祉」を、失業者もまずは「家族福祉」をという形で、日本の公的福祉そのものが残余主義的に設計されてきたのであり、そこで左派勢力が「福祉」という時も、まずは、インフレの恩恵よりもダメージのほうが大きいであろう、障害者や高齢者がイメージされてきたと考えれば、日本の左派が反インフレ的であることは単純に批判できない問題だと思う。

 逆に言うと、日本で金融政策に親和的なのが「成長なくして分配なし」を公言する「小さな政府」の政治勢力であるのは、彼らが投資や消費の意欲が旺盛な若い世代を代弁しようとしているからであると考えられる。日本の金融政策論が、「既得権」批判の文脈で語られることが多いのは、彼らの仮想敵が、終身雇用の恩恵を受けて莫大な退職金を手にし、悠悠自適に老後を過ごそうと「勝ち逃げ」している人たちであるとすれば理解可能である。もちろんインフレの波は、デフレだからこそなんとか生活が成り立っている、無資産の高齢者にまで及ぶことになるわけであるが。

 いずれにしても、社会保障の根本・基礎が雇用の充実であるという理解が、日本でも「常識」にならなければいけない思う。もっとも、そういう常識をしっかり持っていると思われるのが、今の日本の政治では、金融政策に否定的な与謝野馨周辺という皮肉な状況ではある。

(追記)

 ちなみに以上の話は、「こう考えれば話がつながるんじゃないか」というものであって、共産、社民、みんなの党などが、そういうことを公言している、というわけではない。実際問題として、共産、社民は富裕層が福祉の財源を負担しろというだけで、インフレどうのこうのという話自体に、あまり興味がないように思う。この問題に強いはずのみんなの党にしても、テレビなどでは官僚批判の印象しか残らない。なお、国民新党が意外に金融政策に積極的なのは、地方の町工場の社長みたいな人を(ごくごく限定的とは言え)支持層としているからと理解できるだろうか。

(追記2)

 これは書き忘れたことだが、日本の左派(というか反福祉的な勢力にとってもだが)にとっての「福祉」が働く能力を奪われた人を第一義的な対象にしていたと同時に、「社員」になったら企業が全生活・全人生の面倒を見るという、という日本型雇用のあり方を守ろうとする側であることも、重要なポイントであるように思う。

 というのは、インフレで現役労働者の実質的な賃金を(少なくとも短期的には)目減りさせてでも雇用を拡大しようという方策は、旧来の日本型雇用の内部にいる人にとっては、むしろ警戒すべき話ということになるからである。だから逆に、日本で金融政策に親和的な勢力が、「正社員の既得権」を攻撃する労働規制緩和論者でもある傾向があるのも、同じ理由で理解可能である。もちろん、左派勢力も失業問題への関心は強いとは思うが、その出発点は失業者への(健全で安定した)雇用をつくることよりも、やはり現役正社員の雇用を守ることに置かれてきたことは否定的できないと思う。

 なんか間違っているかな、という気がしないわけでもないが、これについては共産党みんなの党の支持者の意見を聞きたいところでもある。ちなみに、これはあくまで政治のレベルの話で、経済の専門家までがそうだという話では必ずしもない。